続 渡慶次の歩み
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第10章 平成17年度(第44回)農林水産祭「天皇杯」受賞

6 むらづくりの内容及び 成果

 

 (1)地域の沿革と概要

 読谷村は沖縄本島中部の西海岸にあって、那覇市から28qに位置し、人口は37,869人(平成15年現在)である。村の面積は35.17q2で、そのうち15.67q2(45%)は軍用地である。村の北西部に位置する渡慶次集落は人口1,445人(平成15年現在)で、「人を思いやる心づくり、むらづくり」をスローガンに住みよい地域づくりを推進している。
 第2次世界大戦では、米軍の上陸地点になったことから、集落は見る影もないほど壊滅的な被害を受けた。戦後すぐ集落の農地の多くは米軍に接収され、飛行場となった。これにより、肥沃な圃場は軍用地となり、集落の農地は大幅に減少した。住民は狭小な土地に作物を栽培し、細々とした農業を余儀なくされた。
 軍用地としての利用は、1945年(昭和20)から1976年(昭和51)まで続いた。1976年(昭和51)に土地は返還されたが、農地にコーラルを数10pも敷いて滑走路としたため、かつての農地ではなくなっていた。
 このような中で、国・県の補助事業を導入し、農地の確保が実現した。これにより返還時の荒廃した土地は、1976年度〜1989年度までの13年の歳月を経て見事な農地に生まれ変わった。
 

 (2)むらづくりの動機、背景

 丸数字-16px-太-01むらづくりを推進するに至った動機、背景
 戦前の当集落はのどかな農村地帯で、農地はサトウキビなどが栽培され、規模は小さいながらも畜産も営まれていた。また、海は青く、魚が豊富に捕れた。
 しかし、のどかな光景は、1945年(昭和20)の沖縄戦の米軍の侵攻により一変した。この時、集落は原形がわからなくなるほど、壊滅的な被害を受けた。加えて、米軍は上陸後すぐに当集落を占拠し、ブルドーザーで敷きならし、本土決戦に向けて飛行場を建設した。
 このことにより、本島北部に疎開していた集落住民は、戦争が終わっても帰るところがなく、散り散りに生活せざるを得なかった。事実上集落は崩壊の状態にあった。このような中で、集落への移住許可が下ったのは、1947年(昭和22)のことであった。古里に帰った住民は山林の樹木や廃材で、住宅の建設に当たった。
 しかし、その状態は長くは続かなかった。1948年(昭和23)、米軍は住民に立ち退き命令を下した。その後、村の関係者や区役員の強い要請により、やっと集落に戻れたのは終戦から7年後の1952年(昭和27)のことであった。
 戻った後、集落復興は緊急の課題であった。しかし廃墟の中から復興するのは、並大抵の努力で成し得るものではなかった。あまりにも多くの課題があったが、救いはそれを乗り越えようとする住民の士気と団結が強かったことである。誰もが「協調・和衷・助け合い」の精神で、あらゆる側面からむらの復興に取り組む必要性を感じていた。また、郷里に愛着と誇りを持っており、かつての共同体意識を再構築するための環境づくりも必要だった。
 このような背景のもと、集落の復興に向けた取り組みが始まった。自治会を中心に、農事実行組合(今日の農業同好会)や青年会、準青年会、婦人会などの組織が活動を強化し、農業振興、住環境の整備、生きがいづくりなどに精力的に取り組んだ。各組織は個々の活動を強化する一方で、相互に交流し、刺激し合い、地域の復興と活性化を促進した。
 
 丸数字-16px-太-02むらづくりについての合意形成とその内容
 当集落では、これまでむらづくりを進める上で、合意形成を図る必要性のある課題が数多くあった。その中の主なものを以下に挙げてみる。
@.集落への帰還と集落内の道路整備:1948年(昭和23)、近隣の集落に一時居住していた時、帰郷に向けて諸々の課題について話し合った。特に集落内道路の整備に関しては、その合意形成のため、地主を一軒一軒訪問し、趣旨説明と協力依頼を地道に、粘り強く行った。しかし土地の無償提供が前提であったため、その実現のためには、幾多の困難を伴った。「地域再建興隆会」の夜を徹しての努力もあって、碁盤型に道路が整備された。
A.住宅の建設:戦争で集落一面が焦土と化したので、最初に取り組んだのが、住宅の建設であった。木材、労力の確保などに関し地域の合意を得ながら、相互扶助の精神で取り組んだ。
B.公民館の建設:戦後、集落への移動がほぼ完了した頃、住民が話し合った結果、活動の拠点となる公民館が必要であるとの結論に達した。建設資金は、各戸割り当てや自己資金などで捻出したが、十分な資金の確保は出来なかった。
 そのため、建設は手作業が中心で、特にスラブ打ちは区民総出で、小型ミキサーを使ってコンクリートを作りバケツリレーで行った。また、青年会が村内外で演劇などで得た収益金も建築費に充てられた。
C.返還軍用地の跡利用:1976年(昭和51)に軍用地が返還された。跡利用については、利害関係もあり、議論を重ね、合意形成を図ってきた。そして地主の総意のもと土地基盤整備をし、農地を確保することが決まった。
D.農村運動広場の確保:集落独自で運動広場を所有しているが、それは自己資金と公的補助で作ったものである。建設に当たっては、まとまった用地が必要であったため、地主に理解を求め、用地買収や土地の交換を行い事業を推進した。そして念願の運動広場を完成させた。
 それは、趣旨や建設方法、規模などに関し幾度となく合意形成を図っており、それがあったから実現できたものである。
E.各組織による生きがいづくり:それぞれの組織が自主的・主体的にむらづくりを進めているのが、この集落の特長である。当然、進めるに当たっては、いろいろな議論を重ね、誰もが「協調・和衷・助け合い」の精神と常に合意形成をして、組織活動を進めていることが、「老若男女・住民全員」参加の下でむらづくりの基本となっている。
F.生産振興と合意形成:当地には、これまで事業で多くの生産施設が導入されている。導入に際しては土地の集積、事業規模などに関し話し合い、合意形成を図ってきた。
 
 丸数字-16px-太-03現在に至るまでの経過
 この集落はこれまで、幾多の苦難に直面しながらも、それを乗り越えてきた。その背景には、厳しい状況の中でも、常に話し合い、合意形成を図ってきたことと、課題解決に対する熱意と意識の高さ、それに「協調・和衷・助け合い」の精神が強いことが挙げられる。廃墟となった集落内には、家を建て、道路を作り環境整備を進めた。また、コーラルで敷き詰められた返還軍用地には、補助事業で、農地や水を確保し、生産環境の整備を一層進めた。
サトウキビをはじめ、ピーマン、メロン、パパイアなどの生産振興にも精力的に取り組んだ。また、衣食住が整備された後は、生きがいづくりのための活動に力を注ぎ、むらづくりの充実強化を図った。このように、これまで総合的に地域の活性化を図ってきたことが功を奏し、農業生産面だけでなく、生きがいづくりでも高く評価される集落となっている。
 

 (3)むらづくりの推進体制

 丸数字-16px-太-01むらづくり推進のための体制整備
 当集落では行政班長や行政委員会などの役員会や住民全体が参加する年2回の区民総会で各種行事や重要事項の協議を行っている。
 集落全体に関わる伝統行事や集落内の環境美化などの運営については、自治会を中心に行っている。農業関係組織や渡慶次まつり実行委員会、子ども会育成会などの組織は、自治会と連携しながら独自の活動を活発に展開している。
 これらの組織は字章のもと、共同体意識の高揚や団結を強めている。
 
100317-渡慶次字章
 
また、「渡慶次音頭」や「青洋会々歌」「婦人会歌」があり、自治会からの放送では「渡慶次音頭」、青洋会からの放送では「青洋会々歌」、婦人会からの放送では、「婦人会歌」を流すようになっている。
 集落センターや運動広場は、地域住民やあらゆる組織の活動の場・健康づくりの場となっており、むらづくりの拠点となっている。
 
 丸数字-16px-太-02むらづくり推進のための運営状況と構成員の参加状況
 むらづくりは法人化された自治会が中心になり、全員参加のもとで行われる。区の最高議決機関である総会は年2回開催され、事業報告、年間計画、予算、決算などの重要事項を審議している。この時は区民の大多数が参加し、総意を反映する場となっている。
 また、自治会の行事は行政班長や行政委員会で審議され、執行される。その際は区長が中心的な役割を担う。
 環境整備のための清掃は自治会主体で年4回行うが、区民全員が参加して実施される。農業同好会は45人の会員で各種活動を行っているが、毎回ほとんど全員が参加する。
 渡慶次まつりは同実行委員会の主催で行われるが、その準備や展示、審査には農業同好会をはじめ、子ども会育成会、婦人会、老人会、山芋づくり同好会など多くの組織が関わって実施される。舞台発表では約140人の区民が参加し、2日間の催しを盛り上げる。
 子ども会育成会は地域の子ども達の健全育成のため活動しているが、その運営は「人を思いやり、地域を愛する心豊かなたくましい子どもの育成」をスローガンに、父母は勿論、農業同好会、婦人会などの協力も得ながら行っている。
 山芋づくり同好会は、29人の会員で構成する任意の組織である。村内の山芋スーブ(重量勝負)の先駆的な役割を担い、現在7集落に波及している。集落の内外から多くの参観者で賑わう大きな催しである。
 各種団体の役員は独自の予算や事業計画に基づき、その執行に当たるが、互いに綿密に連携し、むらづくりの推進役を担っている。
 総勢800人が参加する区民運動会の主催は実行委員会であるが、体育振興会、行政班長、青年会、健青会などが積極的にサポートしている。その日の昼食は婦人会が炊き出すカレーライスで、その場で一緒に食事している。このように、各団体がそれぞれの立場でむらづくりの推進に大きく貢献している。
 

 (4)むらづくりの農林漁業生産面への寄与状況

 丸数字-16px-太-01渡慶次集落の農業生産状況
 戦前、当集落では、サトウキビは換金作物として、サツマイモ、粟などが食料用として栽培されていた。その後、昭和40年代になるとピーマンの栽培が始まり、それに伴い施設栽培が盛んになった。昭和50年代前半になると、これらの作物に加えてキクを中心とした花き栽培も盛んになった。ピーマンはその後、反収の低下や価格の低迷で、面積は減少した。
 代わって昭和50年代後半からメロン栽培が始まった。良質なメロンが栽培され、市場で高い評価を受けた。読谷村は、県内でも有数なメロンの産地であるが、村内生産量の58%が当地で生産されている。また、パパイア、インゲンは平成10年頃から新規作物として導入され、村内でも中核の産地となっている。
 
 丸数字-16px-太-02生産基盤の整備による新たな農業の展開
 各種補助事業による生産基盤の整備は、以下のとおり諸々の成果をもたらしている。
1)当地の農業は、以前は雨待ち農業で、作柄が不安定で計画的な生産が出来なかったが、灌漑施設が整備されたことにより計画生産が可能となった。
2)当地の土壌は保水性が低く、作物の反収は低かったが、灌漑施設の整備により、サトウキビでは導入前の5.2tに対し導入後は8.6tと65%の大幅増となった。
3)水が確保されたことにより、収益性の高い花きやメロン、パパイアなどの品目の導入が可能となった。また、台風通過後の塩害も大幅に減少した。
4)一戸当たりの経営規模は、平成5年の40aから平成12年には50aに拡大し、粗生産額でも、昭和55年の125万円から平成12年には257万円へ増加した。
5)土地基盤整備をしたことにより、耕耘や管理作業などの効率化に繋がるとともに、ハウスなどの施設導入も容易になった。
 以上のように、生産基盤の整備により、品目の拡大や従来の雨待ち農業からの脱却などが図られ、新たな農業の展開を迎えた。
 
 丸数字-16px-太-03新規作物の導入と産地育成
 パパイア、インゲンなどの新規品目が収益性の向上を目的に導入され、これまで、展示圃の設置や現地検討会、講習会を通し、総合的な産地形成に取り組んできた。
 その結果、パパイアの生産量は平成14年の13.7tに対し、平成16年には20.1tへ増加した。販売価格も県平均の500円/sに対し、670円/sと高値で取り引きされている。現在、市場内取扱量で20%台、販売金額で30%台のシェアを誇っている。
 また、インゲンの栽培面積は、平成14年の15aに対して、17年は50aへ伸びている。農家数も平成14年の6戸に対し、平成17年には10戸となった。これまでの数々の生産対策が功を奏し、産地として着実に定着しているとともに、新規参入農家も増えている。現在、パパイアは村栽培面積の100%を占め、インゲンでは63%を占める重要な産地となっている。
 

 (5)むらづくりの生活・環境整備面への寄与状況

 丸数字-16px-太-01集落内道路の整備
 戦前は曲がった道が多く、狭く、不便であった。その打開策として、集落内道路を整備している。その主なものを挙げてみると、以下のとおりである。
1)道路の拡張に際しては、土地の取得資金もないような状況で、地主に対する粘り強い説得と理解を得て、土地の無償提供を受け、道路整備を成し遂げた。
2)工事に当たっては、充分な資金もなく、労力はすべて地域住民で賄っている。度重なる道路の決壊の時も地域住民は一致団結のもと、区民が総出で補修作業に当たった。
3)台風や大雨の度に決壊した道路は、農村基盤総合整備事業の導入などで改善され、安全で快適な住環境を与えている。
4)将来を見据え広く、碁盤型に整備したため、車社会の今日においても便利で安全な環境を提供している。
このような土地や労力の無償提供による環境整備は、他にあまり例がなく画期的な事業であり、地域住民の高い意識と熱意が生んだ誇るべき宝である。
 
 丸数字-16px-太-02環境美化活動を通しての住環境の整備
 この集落では、自治会を中心に多くの組織や個人が環境美化活動に取り組んでいる。特に婦人会の活動は顕著で、集落内は常にきれいに整備され、年間を通していろいろな花々が鑑賞できる住環境となっている。
 子ども獅子舞クラブは空き缶の回収作業を行い、回収した空き缶は販売してその活動資金に充てている。この活動は環境美化だけでなく、リサイクルや活動資金の造成効果まで生んでおり、まさに一石二鳥といえる。
 地域住民が、主体的に環境美化に関わっていることが、特筆すべきこととして挙げられるが、平成15年には、これまでの活動が評価され、緑の愛護週間の一環として行われた環境美化コンクールで、婦人会が「国土交通大臣賞」を受賞している。
 
 丸数字-16px-太-03ユイマール(相互扶助)活動で地域活性化
 この集落はさまざまな伝統行事やイベントがあり、それぞれが区民を挙げての活気に満ちたものとなっている。
 渡慶次まつりは、今年(2005年現在)で21回目を迎えるが、その内容は年々充実してきている。この祭りに向けて、多くの農家が切磋琢磨しながら農作物を栽培し、共進会でその出来具合を競っている。その点からこの祭りは地域農業の振興にも大きく貢献している。
 また、区民の交流ばかりでなく、集落外に住む地元出身者との交流や他字及び県外からの人々との交流の場ともなり、地域の活性化の推進役としての役割も果たしている。
 渡慶次まつりを参考に、他の集落でも祭りを開催するようになったところもあり、渡慶次まつりは、むらづくりの「シンボル」となっている。
 区民運動会は今年(2005年現在)で37回目を迎えるが、この催しは、地域住民の健康増進を図る上でも大事なものである。婦人会や老人会などの踊りも披露されている。各班対抗の競技形式で行われ、地域住民が運営方法、選手選考などについて話し合う場面も増え、上位入賞を目指し、団結心も強化されている。
 このような地域活動や組織間の連携協力のもとで、区民の地域への愛着心や誇りにする心が育まれており、定住促進に大きく寄与している。
 
 丸数字-16px-太-04伝統芸能や体験農業を通しての後継者育成と子どもの健全育成
 当集落には、獅子舞や組踊など、種々の伝統芸能があり、子ども達は伝統芸能を通し集落や村の歴史と文化に触れ、集落との繋がりも深めている。子ども獅子舞クラブは、伝統芸能の後継者育成、確保の場となっているが、同時に県内各地や県外での発表の場、交流の場を提供するとともに、青少年の健全育成の場ともなっている。
 平成11年には、このような活動が評価され、財団法人・博報児童教育振興協会主催のコンクールで「博報賞」を受賞している。
 また、子ども達の体験農業では、村の特産品である紅イモやニンジンなどを取り扱うことで子ども達が農業への理解を深め、農家と親子の触れ合う場ができている。さらに、ここでの取り組みが村内の他地域へ広がり、その波及効果が出ている。
 
 丸数字-16px-太-05次世代への継承と高齢者が輝くむらづくり
 集落人口の約18%は65歳以上の高齢者が占めているが、これらの人々は、老人会(青洋会)をはじめ、農業同好会や山芋づくり同好会で活発に活動している。自らの経験とこれまで培ってきた技術を生かしたグループ活動は、高齢者の働く場の創出と生きがい活動へ繋がっている。
 渡慶次には「渡慶次福祉いぶし銀会」によるゆいまーる共生事業(ミニ・デイサービス事業)があり、公民館を拠点に一人暮らし老人や体の不自由な人などに対して、健康チェックやレクリエーション、世代間交流、カジマヤー祝など、地域住民が主体となり、多岐にわたる「ボランティア活動」を繰り広げている。
 地域で支え合う体制の下で、若いボランティアが育成され、高齢者が安心して暮らせる優しいむらづくりに繋がっている。
 
 丸数字-16px-太-06男女が共に築くむらづくり
 集落では各種団体や組織が活発に活動し、その活動自体が生きがいであり、むらづくりの原動力となっている。中でも山芋づくり同好会はその中心的な組織で、会員の「生きがいづくり」を目的に結成されている。活動は「夫婦同伴」を原則とし、集落の山芋スーブや全島大会に備え、種芋の準備から植え付け、栽培管理、収穫まで切磋琢磨しながら共同で作業に当たっている。
 平成16年に開催された山芋づくり同好会主催の10周年記念事業ではフォーラムを開催し、山芋加工展示会も行われ、婦人会から49点の山芋料理が出店されるなどイベントに一層花を添えた。
 また、地域内で、シソ、ハンダマ、赤毛ウリなどを栽培しているが、その付加価値づくりを担っているのが婦人会である。
 婦人会が担う地産地消活動や夫婦で作る「山芋スーブ」は、今や渡慶次集落のコミュニティ活動の「シンボル」となっており、「生きがいづくり」や「男女共同参画」のモデルとして高く評価されている。
 
別添資料(本書では割愛)
1.土地・水利用秩序の維持・形成、資源・環境の保全、集落の居住環境・景観の整備、高齢者の生きがい確保、都市との交流、その他の活動で特筆すべき事項に関する資料
2.前年度のむらづくりに関連する各種行事等の一覧表
渡慶次年間行事表、渡慶次年中行事録 他
3.むらづくりに関する年表
4.集落景観及び集落の美化その他むらづくり活動に関する写真
5.組織の規約等
6.組織図及び活動内容
7.その他チラシ、パンフレット等
 
 

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